3月24日(土) プーンヒルへ。石段をひたすら下る。打ち上げパーティー。
 
 晴れ  5 時 出発 ロッジ脇からヘッドランプを頼りに登る。
 6時30分 プーンヒルまで三分の二あたりの峠のチョーダラ。ここでUさん持参の最中を食べる。美味しかったこと!カメラを取り出し、少し離れた祠まで登る。雲海で山々の頂上しか見えない。がっかりするがダワさんがもう少し待てば晴れてくるという。その通り。次第に雲が下がりはじめ、180度の展望;左からポトフライズ、ダウラギリ、アンナプルナ・サウス、ヒマチュリ、ガンサプルナ、マチャプチャレ、アンナプルナII,アンナプルナIII,アンナプルナIV,ラムジュン。アンナプルナ・サウスの奥には真っ白なバレンシカル(12の峰という意味)
 山を背景に企画の途中で急死されたY さんの写真を胸に山の仲間が記念撮影。

 7時15分 朝の光に壮麗に輝く山々とシャクナゲを愛でながらロッジに戻る。  7時35分 テラスで朝日を浴びながら朝食。リンジから全員にブレスレットのプレゼント。  9時40分 出発 村の石段を下りきり、石のごろごろする道をゆるやかに下る。KYさんが転び、Tさんがその弾みで転ぶ。リンジ達が慌てて駆け寄る。村の出口にマオイストの横断幕が掛かっている。昨晩マオイストがリンジ達から通行税8500ルピを巻き上げた(後で8人で分割)。渓谷沿いの道(塩原に似た)をゆるやかに登り降りする。シャクナゲが美しいがもう誰も写真を撮らない。ダワさんが見事な花を3輪採り、一つはむしゃむしゃ、あとはGさんとTさんの帽子につける。

 10時5分 ナゲタンティNaggeThanti(2430m) 見上げると昨日鷲の舞うのみた峠の上空が見える。ここはすり鉢状の谷底の集落である。陽が暖かく気持ちがよい。手洗いはきれいに清掃してあったが、汚物入れがなく、持参のビニール袋を使う。

 10時30分出発。道は次第に段状の石畳となる。
 12時 バンタンティBanthanti(2380m) 深い谷を見下ろす崖上にたつロッジ。対岸の段々畑がすごい。西欧人のグループがテラスで昼食中。一人の女性はスカート姿で、裾の前後を洗濯ばさみで止めている。欧米人の屈託なさに思わず笑う。昼食中ヒマラヤの山中で採った蜂蜜を売りに来る。大変貴重で、高価なものらしいが、トレッキング中ではね。ロッジに日本語の張り紙:日本語の本(漫画本も)一冊で、一泊無料とある。 フランス人グループが鶏を調達するのを目撃、つづいて我がパーティーも一羽。

 13時10分 昼食後出発。どんどんと石畳状の段々を下る。ロバの隊商が何隊も登ってくる。日常雑貨、穀物、プロパン、布地などをロバの背の両側にくくりつけているのだが、一番驚いたのは生きた鶏を背負ったロバである。

 15時5分 ウルリUlleri Kaski(2070m) 綺麗に掃除された広々した茶屋でお茶。断崖の上に建つ。見晴らしがよい。河底近くにある対岸の村ティルケンドゥガ Tirkhendhunga(1577m)その先に今晩の宿泊地ヒレHille(1524m)が小さく見える。まだ道遠しである。

 15時30分 出発 ひたすら石段を下る。村人や子供達はこの道を毎日上り下りしているのだ。足腰が強く、体脂肪だって付きようがないだろう。ティルケンドゥンガの段々畑がかなり近づいて見えるが、まだまだ谷を下りきり、そして再び登らなければならない。

 16時10分 とうとう谷底に。小さな吊り橋を二度わたりティルケンドウガの村。橋の袂にNさんの馬がいる。彼女はここからまた馬上の人。 16時25分 ヒレにはKさんやリンジとお喋りしながらあっという間に到着。電気がある! 夕食時対岸の村に上部から点々と明かりが点り、ナイターのスキー場のようだ。夕食後 打ち上げのキャンプファイヤー。疲れていたがたき火の暖かさに元気がでる。太鼓が打ち鳴らされ、唄が始まるとダニーが踊り出る。KYさん称して、エアープレインダンサー。ポーターもキッチンスタッフも別人のように生き生きしている。次々と巧みに誘い出されて、踊りの輪ができる。脇のテーブルでお酒を楽しんでいたフランス人男女もやってきて、男性は仲間に入ってくる。パリ出身で、ABC,アンナプルナを一周し, 彼らも最後の晩だそうだ。流石に若いマンデルはスッテプが上手い。ロッジの娘さん達も踊りの輪にはいる。日本の唄をと乞われ、「大きな栗の木下で」、「炭坑節」・・・リズム感の乏しさを痛感、他に良い唄はないものか・・・



プーンヒル



プーンヒル



シャクナゲ!



シャクナゲ



ウルリ付近より対岸のヒレを遠望



ティルケンドウガの吊り橋を渡る



ロバの隊商



打ち上げのキャンプファイヤー


アンナプルナ紀行